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雑記用

喪中ハガキ

 そろそろ年の瀬、年賀状を作る時期でもある。毎年、ギリギリになって作る人もいれば、はやばやと印刷も終えている人もあろう。かくいう私も、どうもギリギリにならないと作らないタイプであるので、まだ作ってはいない。

 ちなみに、現在は年の瀬に年賀状を書くというのが当然となっているが、昔は、年賀の挨拶だから新年に書くのが通例であった。ところが、このため、新年になると郵便局の業務がおそろしく多忙になっていた。そこで、あらかじめ年内に投函してもらって業務の繁忙を分散させるために明治33年に始まったのが、「年賀郵便特別取扱」、すなわち、年内の一定期間に出された年賀状については、1月1日に配達するという制度である。

 現在、郵便局が行なっている年賀状の配達も、「郵便規則」という省令の第120条の2の規定に基づいて行なわれている。つまり、あれは郵便局が単にサービスで行なっているのでなく、法令に基づく行政行為なのである。
 これを読むと、年賀ハガキの切手貼付欄の下に「年賀」と朱書されているのも、ちゃんと年賀郵便の扱いにする必須項目として規定されていることなどがわかって面白い。

 さて、年賀状の時期になると、その年に葬儀を出した家庭では、喪中ハガキというものをだすのが恒例になっている。わが家も2月に祖母が死去したので、喪中ハガキを出したのだが、じつは、私のぶんは作らなかったのである。つまり、私は年賀状を出す予定である。
なせそのような結論に至ったのか。

 そもそものきっかけは、「喪中」とはなにか、という疑問であった。四十九日の法要で一般的な生活に戻ったはずなのに、なぜ年賀状だけはかようなものになるのだろうか。調べてみると、四十九日であけるのは、「忌中」の期間であり、「喪中」とは別物らしいとわかった。
 忌中とは、「穢れの身ゆえに身をつつしんで外出しない期間」であり、喪中とは「死者をしのび喪服を着る期間」。つまり、つつしみの度合いに2段階あるのである。

 では、喪中とはどれだけの期間なのか。
 先祖崇拝の祭事を重視する儒教では、「三年の喪は天下の通喪なり(論語 陽貨篇)」とあるように、足掛け3年(25ヶ月)を服喪の期間としていた。
 日本では、たとえば養老2年(西暦718年)制定の養老令の、喪葬令服紀条に規定があるが、父母の喪は1年、祖父母は5ヶ月、兄弟は3ヶ月、兄弟の子は7日と、今でいう親等の遠近によって、ずいぶん長さに差がある。

 すると、家族の死後だからといっても、親等によって、または死んだ時期によっては新年が喪中にならない世代がいるのではないか。そんな疑問がもたげてきた。

 江戸時代になると、綱吉の時代に「服忌令(ぶっきりょう)」という法律が公布されて、諸藩の庶民にも徹底された。こちらも、ほとんど養老令とかわりないが、父母の喪が13ヶ月に伸ばされている。少なくとも親が死んだときは、何月であろうと新年は喪中である。
 だが、たとえば私の祖母のように2月に死んだ場合は、私にとっての喪は5ヶ月だから、8月には喪があけることになるのだ。

 ちなみに、現在の冠婚葬祭に関するマナーブックの多くは、忌中、喪中の期間については、明治7年に太政官布告として出された「服忌令」をもとにして一覧表を作っている、と注釈を載せている。この太政官布告とは、「服忌は当分武家の制を用いる」という内容のものであり、つまりは江戸時代の服忌令が明治時代になっても使われていたということである。
 しかし、この服忌令は、遵守するとそうとう長期間出勤できないことになるため、官吏の忌引については10日前後にするなど、次第に明治政府自身の手で守られなくなった。

 皇室では、戦前は皇室服喪令という法令があったが、現在はもう廃止されている。しかし、運用としては、いまでもこれに準じているらしい。この服喪期間も、ほぼ、服忌令と同様となっている。
(※皇室服喪令(明治42年皇室令第12号 中野文庫)
http://www.geocities.jp/nakanolib/kou/km42-12.htm)

 さて、そうすると、どうやら家族の死後1年を喪中として年賀欠礼のハガキを出すのは、現在の法令では存在していない服忌令の影響が残っていて、しかも、そのうち両親が死んだときの服喪期間である1年(13ヶ月)だけが拡大解釈されて、家族が死んだらすべて1年は喪だということになった結果のようだ。

 このように、服喪の伝統から言えば、私は喪明けだから年賀状を出してもよいことになる。そのために、私のぶんの喪中ハガキは作らなかったのである。まあ、そこまで理詰めで考えずとも、私としては6月に京都へ納骨に行った時点で、個人的にはすっかり祖母への一連の儀式が完了した実感があるのだ。そこを、形式だけ「まだ服喪です」というほうが、なにやらわざとらしい気がしたのも本音である。

 などということを弁じつつ同僚に「私は年賀状出すから」といったところ、「おまえのところには出さなくていいから1枚浮いたと思ったのに」と言われてしまった。

 どうやら私自身が受け取る年賀状は少なくなりそうだが、まあ、そんなものであろう。
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