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研究用

クオリアを考える【大前提】

<物理主義派>

◆大前提
1)クオリアという現象は、脳(物質)に「物理的な作用」を与えることはない。
2)脳の活動(物質的な動き)は、すべて既存の物理学の範囲で説明可能である。



<パラドックス派>

◆大前提
1)クオリアという現象は、脳(物質)に「物理的な作用」を与えている。
2)大前提1)を想定しないかぎり、脳内にクオリアの現象を報告するシステムがあることの
 合理的な説明ができない。(=そんなシステムが自然発生するわけがない)
3)脳の活動(物質的な動き)は、既存の物理学では説明不可能である。

※ただし、物理主義派の大前提を覆すものであれば、上記の大前提にこだわる必要はない。
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ルイス: クオリアの匂いにひかれて久々おじゃまー

物理主義派:
1)「物理的な作用」ってのがどこまでさしてるのか分からないw
 脳内で何が起こっても物理的作用って言えるような・・
2)未解明のものを、全て既存の物理学で説明可能ってのは乱暴すぎる気がする~

パラドックス派:
1)上と同じく、「物理的」の定義がむずい
2)あるとしたときの合理的な説明ってなんだろ??


結局何も主体的な意見いえて無い^^;
ホントにお邪魔! (2007/11/13)
ねこ: 久しぶりにおじゃまされたねこ。(笑

> 脳内で何が起こっても物理的作用って言えるような・・
というが、クオリアという質感のことは物理的といえるだろうか?
物理主義な考えとしては、次のようになる。

少なくとも、
「脳(物理条件A)がある → クオリア(現象B)が発生する」
という関係性は認めざるを得ないだろう。

だが、『信号をみて、赤のクオリアを感じ、止まろうと判断した』と言うが、そこで実際に起きていることは、ある周波数が目に入り視神経を通って、脳まで伝わり、脳は過去の記憶から、それが「赤」のカテゴリに入る光であると認識し、そこから『赤は止まれ』という記憶を連想し、『道路を渡るのを止めよう』という思考を発生させたという「機械的な動作」が起きたにすぎない。

ここに、脳内で起きてることは機械的であり、クオリアという非物質的なものが関わっている余地は何処にも無い。ということ。

もっと、具体的に言えば、クオリアという存在が、
脳という機械の状態を変えることがあるのだろうか?

もっともっと、具体的に言えば、クオリアという存在が、
「脳細胞の原子・分子に、物理的な作用を与えて、その動作を変えたりする」
ようなことがあるのだろうか?

これを認めるのであれば、「人間のイシキ、ココロ、クオリアという非物質的な何かによって、物理学的にまっすぐ転がるはずのボール(原子)が曲がることがある」
と言っているようなもので、物理主義者にとっては超能力やテレキネシスを認めるようなものである。
実際、物理主義の科学者達は、日常で行っている「リンゴが赤い」とか「電車の音がうるさい」という会話や判断は、物理学の世界で記述された脳という物質の動きだけで完全に説明できると考え、そこに「クオリア」とか「霊」とか「魂」とかのそういう非物質的なものを持ち込む必要は無いと考えている。


しかしながら、「脳とクオリアの関係」が、こういった
「クオリアがあってもなくても、脳の動作に何の違いも起きない」
「クオリアは、脳の動きに一切関わりがない」
というものであるならば、そもそも、脳は、
「クオリアという存在に気づいて、その存在を語ることはありえなかった」
という矛盾にならないだろうか?

「クオリア」という存在が、脳という機械に何の物理的変化を及ぼさないならば、
脳は、「クオリアという概念」を何処から仕入れたのだろうか?

「クオリアが、物質世界に何の影響力も持たない」のであれば、
「じゃあ、なぜ、脳は、クオリアを知っていて、それを語れるの?」
という疑問は、
「現象報告のパラドックス(又は、現象判断のパラドックス)」と呼ばれている。

もし本当に、「脳がクオリアを知っている」としたら、それは、脳が、クオリア(もしくは、それをみている主観的なイシキ)から、何らかのフィードバックをうけて、脳内に物理的な変化が起きた、ということになってしまう。

少なくとも、そんな物理現象は、
既存の物理学では定義されていないものだし、
物理学において、物質の状態が変わるのは、
1:重力  (重力相互作用)
2:電磁気力(電磁相互作用)
3:弱い力 (弱い相互作用)
4:強い力 (強い相互作用)
のどれかでしかありえない。

だから、もし、クオリア(もしくは、それをみている主観的なイシキ)が
フィードバックして、脳に情報を残した
(つまり、クオリアが、脳の原子・分子に物理的な作用をした)
ということを認めるとしたら、それは、まさに、「クオリア、イシキという現代物理学で定義されていない非物質的な何かによる物理的作用」が存在すること、すわなち、「オカルト的な第5の力」が存在することを暗に認めるということになってしまい、一般的常識的な物理主義に反することになってしまうのだということ。
(※パラドックス派の大前提2)


以上のように、物理主義とそのパラドックスについての纏めとしての大前提でございますです。はい。

まぁ、未解明のものを物理学全般で答えを出そうとは思ってないが物理主義という立場を取る場合は、(大前提2)は妥当なところだと思うがどうだろう?

まだ、結果を出すことは出来ないが疑問に思ってくれたことはとても嬉しいことだし、再確認もできるのでお邪魔でも結構ねこ。
(2007/11/13)
©ねこ_2018.(RSS/管理/提供:AL2)
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