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研究用

翼について

 東洋と西洋の翼に対する思想の違いが面白い。

 中国を中心とした「龍」はほとんど翼を持たないが、西洋の「ドラゴン」は翼を持つ場合が多い。東洋の天女や仙人は翼を持たず、雲に乗ったり、羽衣をつけていたりするが、西洋の天使やギリシャ神話のニケ、エロスなど翼を持っている。

 これは飛行に対する観念がかなり異なっていたのであろう。東洋の浮遊術は鳥が飛ぶのとは異なり、浮遊つまり浮くことを中心に考えられていたのではないだろうか。天に昇るためには浮遊することが必要であり、浮くという状況は翼が無くてもなしえたのであろう。

 一方西洋では天に昇るためには翼が必ず必要になる。ギリシャ神話のイカロスにおいては翼を作って羽ばたいたはいいが、天の炎に蝋の翼を焼かれてしまう。またバビロンの神話のように、天に届く塔を作ったとき、神はそれを破壊している。つまり西洋において中心的な見方は翼なきものは天に昇ることを許可されないということではないだろうか。「鳥」だけが天に羽ばたくことを許されるのである。

 聖書にあるように、それぞれに生きる場所は決まっており、それを犯すことはできなかったのではないだろうか。だから、西洋で飛ぶことの出来るものは翼を備えているのでは無いかと思う。一方東洋ではそれほど厳然と生きる場所について規定した神話はなく、様々な場所に様々な生き物が存在している。

 山海経など見ても、さまざまな生き物がいるのである。そのため、翼が天に昇るための必須条件にはならなかったのかもしれない。
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