チラシ裏のブログ

雑記用

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近頃、このブログについて語ってみる

元々、ブログペットを載せてみようって事から始まったFC2だったんだが・・・。



居なくなったしなぁ。むしろ消したしなぁ。


しかもROネタもやらなくなったし、記事にしても殆どメモ程度だし。


それなら、PC内でネタ帳つくってコピペしておけば良いわけで。

それをわざわざ載せるというのもどうかなぁ~っと考えてた1ヶ月であります。



で、期間が開くからフリーメールを設置してみた訳ですが・・・。


これはこれで困ったちゃんがスパムメールよろしくで電波みたいなメールが届くようになってぐんにょりしてるところです。



まぁ、そういうのもアレなので、ここ潰して、ミクシ辺りでコソコソとやっていこうかなぁ~っと思っとります。


ちなみに、連絡用のメールアドレス書いた記事は消しといたので、なんかあったらコメントくだせぇ~。


そのつど対応させて頂きます。

【礼儀】新年が明ければ、その年が終わる!【注意】

 もうすぐ寝ると、お正月。

 何となく気づかずに使っている日本語。良く考えるとおかしい。
しかし、その日本語が、結構マスコミなどで使われているから驚きである。

 「新年明けましておめでとうございます」って使われる方を良く見受ける。
それも、結構立派?な方が、そして公共の電波や掲示においてである。

 「明けましておめでとうございます。」「新年おめでとうございます。」は正しい様であるが、これが一緒になると、ちょっと不味い様である。
 
 第一に「明けましておめでとうございます。」と言う正しい挨拶であるが、動詞の「明ける」のは何かを考えて欲しい。

 「明ける」と言う動詞と組み合わせて使う主語にどんな文を想像しますか?

  私は第一に「夜が明ける」を思い着く。「夜が明ける」とは「夜が」「終わって」朝を迎えることである。
 その他には、「喪が明ける」である。これらに共通することは、「明ける」とは、何かが「始まる」ことを意味する言葉ではなく、どうも「終わる」と言うことを意味する言葉の様である。

 つまり「年が明ける」と言う時、その主語である「年」とは「終わる年」つまり、「新年」ではなく「旧年」を意味している。何となく「明ける」は「開く(あく)」をイメージして「始まり」を意味している様に捕らえやすく思うが、実際には「終わる」と言うことが正しいのである。

 ですから、「新年明けましておめでとうございます」は、新年が終わって、その次の年を迎える事を意味すると言うのが正しい。

 まあ、そんな訳で、理屈をつけて考えると「新年明けましておめでとうございます」は使わない方が正しいと言うのが私の結論である。

なぜ自分は外出を嫌うのか

1.「不快を避けて暮らしたい」と心底思っている

2.嫌光症(高所恐怖症と同じく、科学的(医学的)根拠は無い)

3.大量のヒトとその中でする食事の不快感は異常

4.長時間の外出と食事の摂取は切り離せない

5.飯を食って余計な心配をするぐらいなら、最初から外出を避けた方がいい

6.元々の引きこもり体質が加速していく (Q.E.D.)

喪中ハガキ

 そろそろ年の瀬、年賀状を作る時期でもある。毎年、ギリギリになって作る人もいれば、はやばやと印刷も終えている人もあろう。かくいう私も、どうもギリギリにならないと作らないタイプであるので、まだ作ってはいない。

 ちなみに、現在は年の瀬に年賀状を書くというのが当然となっているが、昔は、年賀の挨拶だから新年に書くのが通例であった。ところが、このため、新年になると郵便局の業務がおそろしく多忙になっていた。そこで、あらかじめ年内に投函してもらって業務の繁忙を分散させるために明治33年に始まったのが、「年賀郵便特別取扱」、すなわち、年内の一定期間に出された年賀状については、1月1日に配達するという制度である。

 現在、郵便局が行なっている年賀状の配達も、「郵便規則」という省令の第120条の2の規定に基づいて行なわれている。つまり、あれは郵便局が単にサービスで行なっているのでなく、法令に基づく行政行為なのである。
 これを読むと、年賀ハガキの切手貼付欄の下に「年賀」と朱書されているのも、ちゃんと年賀郵便の扱いにする必須項目として規定されていることなどがわかって面白い。

 さて、年賀状の時期になると、その年に葬儀を出した家庭では、喪中ハガキというものをだすのが恒例になっている。わが家も2月に祖母が死去したので、喪中ハガキを出したのだが、じつは、私のぶんは作らなかったのである。つまり、私は年賀状を出す予定である。
なせそのような結論に至ったのか。

 そもそものきっかけは、「喪中」とはなにか、という疑問であった。四十九日の法要で一般的な生活に戻ったはずなのに、なぜ年賀状だけはかようなものになるのだろうか。調べてみると、四十九日であけるのは、「忌中」の期間であり、「喪中」とは別物らしいとわかった。
 忌中とは、「穢れの身ゆえに身をつつしんで外出しない期間」であり、喪中とは「死者をしのび喪服を着る期間」。つまり、つつしみの度合いに2段階あるのである。

 では、喪中とはどれだけの期間なのか。
 先祖崇拝の祭事を重視する儒教では、「三年の喪は天下の通喪なり(論語 陽貨篇)」とあるように、足掛け3年(25ヶ月)を服喪の期間としていた。
 日本では、たとえば養老2年(西暦718年)制定の養老令の、喪葬令服紀条に規定があるが、父母の喪は1年、祖父母は5ヶ月、兄弟は3ヶ月、兄弟の子は7日と、今でいう親等の遠近によって、ずいぶん長さに差がある。

 すると、家族の死後だからといっても、親等によって、または死んだ時期によっては新年が喪中にならない世代がいるのではないか。そんな疑問がもたげてきた。

 江戸時代になると、綱吉の時代に「服忌令(ぶっきりょう)」という法律が公布されて、諸藩の庶民にも徹底された。こちらも、ほとんど養老令とかわりないが、父母の喪が13ヶ月に伸ばされている。少なくとも親が死んだときは、何月であろうと新年は喪中である。
 だが、たとえば私の祖母のように2月に死んだ場合は、私にとっての喪は5ヶ月だから、8月には喪があけることになるのだ。

 ちなみに、現在の冠婚葬祭に関するマナーブックの多くは、忌中、喪中の期間については、明治7年に太政官布告として出された「服忌令」をもとにして一覧表を作っている、と注釈を載せている。この太政官布告とは、「服忌は当分武家の制を用いる」という内容のものであり、つまりは江戸時代の服忌令が明治時代になっても使われていたということである。
 しかし、この服忌令は、遵守するとそうとう長期間出勤できないことになるため、官吏の忌引については10日前後にするなど、次第に明治政府自身の手で守られなくなった。

 皇室では、戦前は皇室服喪令という法令があったが、現在はもう廃止されている。しかし、運用としては、いまでもこれに準じているらしい。この服喪期間も、ほぼ、服忌令と同様となっている。
(※皇室服喪令(明治42年皇室令第12号 中野文庫)
http://www.geocities.jp/nakanolib/kou/km42-12.htm)

 さて、そうすると、どうやら家族の死後1年を喪中として年賀欠礼のハガキを出すのは、現在の法令では存在していない服忌令の影響が残っていて、しかも、そのうち両親が死んだときの服喪期間である1年(13ヶ月)だけが拡大解釈されて、家族が死んだらすべて1年は喪だということになった結果のようだ。

 このように、服喪の伝統から言えば、私は喪明けだから年賀状を出してもよいことになる。そのために、私のぶんの喪中ハガキは作らなかったのである。まあ、そこまで理詰めで考えずとも、私としては6月に京都へ納骨に行った時点で、個人的にはすっかり祖母への一連の儀式が完了した実感があるのだ。そこを、形式だけ「まだ服喪です」というほうが、なにやらわざとらしい気がしたのも本音である。

 などということを弁じつつ同僚に「私は年賀状出すから」といったところ、「おまえのところには出さなくていいから1枚浮いたと思ったのに」と言われてしまった。

 どうやら私自身が受け取る年賀状は少なくなりそうだが、まあ、そんなものであろう。

【mixi】ゴキブリを揚げてみた【炎上】

痛いニュース(ノ∀`)
「“ゴキブリ揚げた”は事実無根。ありえない」
ケンタッキー広報激怒…元アルバイト少年が保護者、教員同伴で謝罪
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1064300.html

ケンタッキーでバイトしてた高校3年のアホがmixiの日記に、「ゴキブリは揚げてもなかなか死ない。衣つけて圧力かけて揚げたら死んだけど。実験協力:ケン〇ッキー」って書いたのが事の発端。
©ねこ_2017.(RSS/管理/提供:AL2)
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